中庭にて、くさぐさの

二次文(腐あり)、断片、読んだ本の感想。 作品以前のものを置くような場所です。 少しだけオープンな倉庫、遊び場。

あめのひ(2次創作 鬼白)

雨が降っている。耳を濡らす音が、空間を埋めている。
体が形作られたばかりの頃、まだ常世との境界が曖昧だった現世を、飽きず見て歩いた。晴れと雨とで様相を変える太古の森を探るのは楽しかったけれど、洞窟の中で雨宿りをしながら眠るのは少し苦手だった。乾いたうろの中に反響する水の音を聞いていると、水を得て沸き立つ生き物たちがのうごめく雨の森から隔てられているような気がした。あの頃から、寂しいという感覚はなんとなく知っていた。
誰かが、ふうっと強く息を吐き出した。背中にある暖かな何かが身動きする感触と、素肌に直接かかっている毛布が引っ張られるのを感じて、徐々に意識が太古の森から戻ってきた。
白澤はごろりと寝返りを打ち、目を薄く開けた。
思ったより近くに顔があった。一夜を共にした、地獄の鬼。しかもばっちりと目を開けてこちらを見ている。
「・・なんだよ」
視線の圧を受けているのは居心地が悪かった。誤魔化すためにあげた声が昨夜散々声を上げさせられたために掠れているのが、少しばかり情けない。鬼灯は、何も答えず白澤の口を塞いできた。舌を遊ばれた白澤の口からくぐもった声が漏れた。どちらともなく、喉がごくりと鳴った。
唇を離した後、鬼は、つうと口の端に垂れた唾液を手首で拭った。
「雨が降っていますね」
「降ってるな」
「雨が降ると、お腹が空くんです」
「お前に、気圧の変化に影響受けるような繊細さが・・」
言葉は途中で再び口を塞がれ、飲み込まれた。肩を軽く押されて仰向けになったところに、のし、と鬼が体をのせてきた。
触れる素肌が、心なしか温度を上げている気がした。
「腹が空いた」はそちらの方の意味なのか。
まさかこのまま雪崩れ込んでしまうのだろうか。そういえば昨日、アイツは明日は仕事が休みだと言っていた・・。
地響きのような音が、触れ合った鬼の腹から直接伝わってきて、白澤の体を探る手が止まった。腹の音だった。
白澤は、その機を逃さず、ぺたぺたと自分の上に覆いかぶさっている鬼灯の裸の横腹を叩いた。
「極楽満月特製粥、食わせてやるから延長戦はなしにしろ。うちの店、今日は営業日なんだから、ここでお前に喰われていたら僕の身がもたない」
こちらの言葉に理がある事は認めたのだろう、鬼は、渋々といった調子で身を起こした。
「では鍋に一杯分はお願いしたいところですが」
「鬼の子って大体よく食べるけどさあ。お前体の大きさの割にやたら食べるよな」
「普通ですよ、これくらい」
言い合いながら、布団を抜け出す。雨の音は、今は遠かった。